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VALORANTエージェント開発エピソード:フェイド

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あなたが一番恐れるものは何ですか?拒絶?孤独?そういう疑念や不安が夢にまで侵食することはありますか?あるいは「実はブロンズ帯が実力に見合ったティアなのかもしれない」という疑念、恐怖もあるかもしれません。

恐怖は誰もが知っている。誰もが幼年期に学ぶものです。ベッドの下に潜む怪物、夜中の暗い廊下、レジ待ち中に母親が離れて一人ぼっちになった瞬間。恐怖が全身の血管を走り抜けるあの感覚…根源的な恐怖の味を知らない者はいないでしょう。

その恐怖の別名こそが…フェイドです。

賞金稼ぎ

フェイドが恐怖の化身になる前(あるいはそもそもエージェントになる前)、それはひとつのゲームプレイ案…「偵察」でしかありませんでした。

「エージェント20の開発方針を検討している時点で、ソーヴァに並ぶエージェントが必要だってことは分かっていたんです。VALORANTの偵察といえばほぼ彼の独壇場でしたから、同じような強みを持つエージェントが必要だろうと」ゲームデザイナーのNick “Nickwu” Smithは振り返ります。

このため必然的に、Smithは情報収集を中心としたゲームプレイのイメージを絞り込んでいきました。目指したのは唯一の偵察役であるソーヴァとは別の意味・強さを持つ案です。

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ソーヴァをプレイするには、各マップのセット(有用な場所や角度。サイトから別サイトへリコンボルトを打ち込むなど)を把握していなければなりません。これで敵の情報を入手して味方イニシエーター/デュエリストのプッシュを支援し、自分は後ろでラークを警戒する。優れたソーヴァの偵察は超遠距離・高精度です。そんなソーヴァと張り合えるエージェントを設計するならば、ソーヴァの長射程へのカウンターとなる局所的なアビリティーが良いだろうとSmithは考えました。

「賞金稼ぎというアイデアは最初から頭一つ抜けていた記憶があります。そういう職業なら、賞金首を見つけ出すために色んな情報収集手段を使うはずだから。それはとても私的な行動なんです。はるか遠くから矢を撃って、得られたチームに情報を伝えるのとはちょっと違う」Smithは解説します。

「鹿狩りのハンターみたいなイメージだったんです。追跡して、罠にはめて、仕留める、というような。まあ僕自身は鹿を狩ったことないんですけどね(笑)。だから実際の感覚は分かりませんが、心構えが同じというか。フェイドには"居場所は分かってる、これから追い込んで、仕留めてやる"という感覚を持たせたかった」

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トレイル(軌跡)を表示する要素はSmithが最初に着手したアイデアでした。この時の目標は「賞金首」を追跡する感覚の実現です。このため、獲物側が「狙われて」いること、フェイドが間近に迫っていることを強く意識させることを目指しました。

「でもVALORANTの中心的ゲームプレイループの構造上、トレイルは単体特化型ではなく、幅広く使えるようにする必要がありました」Smithは説明します。「一度に1人ずつ狙う、というのは賞金稼ぎとして抜群に強いテーマ表現になりますが、ゲームプレイ的にはあまり強くないエージェントになってしまうんです。戦術的視点から見ると、敵の戦力を充分に削れないアビリティーになってしまう。だからといって効果を強力にすれば、1キルを確約するものになり、相手のプレイ体験を酷いものにしてしまう」

この部分は最終的に、アビリティーが命中した敵すべてにトレイルが出るが、受けた相手も自身のトレイルを確認できる、という仕様としました。

フェイドには獲物を狙うチャンスがある一方で、相手は自分のトレイルを追ってくるか?情報は敵チーム内で共有されたか?もしかしたら隅で震えている自分を放置するのでは?など考えを巡らせます。

「実際にフェイドをプレイしてみると、アビリティーを駆使して情報を収集し、獲物を追跡し、情報を生かして仕留めるという流れができていることに気づきました」リードキャラクタープロデューサーのJohn “Riot MEMEMEMEME” Goscickiは回想します。「逆にフェイドに追われる側の時は、不安と恐怖がこみ上げてくる。そこで開発チームは、フェイドをプレイする時と相手をする時の感覚をもっと深掘りしていくことに決めました。こうして彼女のテーマはダークでエッジィな方向へ進んでいくことになったんです」

悪夢を具現化するということ

新エージェントの開発中は実にさまざまなものからインスピレーションを得ますが、インスピレーションの主な源泉はとてもシンプル。それは、「人」です。普遍的な人間としての体験は私たち全員を繋げるものであり、そこには信条も、出自も、故郷の場所も関係ありません。幸福、希望、夢、不安、恐れ、悪夢…具体的にはそういうものです。

しかしこれらの要素には明暗があり、明るい要素のほうが強い反応を引き起こす傾向があります。そして現在のエージェントラインアップでは、暗い要素は(文字通り)あまり日の目を見ていません。

現状は、オーメンを別にすれば「††漆黒の堕天使††」感のあるエージェントは存在しません(強いて言えばヨル、レイナも候補でしょうか)。実際、最近リリースされたエージェントたちは陽気な印象が強くなっています。ネオンの軽い自嘲の裏側には優しさがありますし、チェンバーは極めてフランス人魅力と自我を兼ね備え、KAY/Oも極めて忠実なロボットです(相手がレディアントの場合は別ですが)。

しかしフェイドのアビリティーを見てみれば、彼女がもっとダークな存在であることが分かります。

「賞金稼ぎのイメージが本当に明確・強固だったので、ナラティブは自然に組み上がっていきましたね」ナラティブライターのRyan “Pwam” Clementsは語ります。

ClementsとナラティブリードのJoe “ParmCheesy” Killeenもフェイドのテーマについて色々な案を出しましたが、「悪夢の化身」という案がとにかく圧倒的でした。

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見た目で判断しないように注意。自由時間のフェイドはオーメンが編み物をする傍らで読書をして過ごします。

「悪夢」は力のイメージとして非常に興味深い対象です。悪夢は誰もが見るし、根源的な恐怖を突きつけてくる。そしてVALORANTにおいては、とても特徴的な「力の源」です。

「プレイテストでフェイドを相手にした全員にとって、彼女のアビリティーを悪夢と結びつけることはとても自然なことでした。フェイドにトレイルを付けられた瞬間の緊迫感、こみ上げてくる不安。あの感覚をゲームデザイン全体で保ちたかったんです」とSmithは振り返ります。

また「力の源」として特徴的であるだけでなく、悪夢とエッジィなテーマの組み合わせは他のエージェントとは大きく異なるカラーパレット(使用する色の組み合わせ)を生み出しています。

「新エージェントのコンセプトアーティストを描く上で一番難しいのが、カラーパレットの独自性を出す部分なんです。基本的な色はぜんぶ先に使われてしまっているから、独自性が感じられる色の組み合わせを新しく生み出さなくちゃいけません。それも、ゲームプレイの視認性を考慮した上で」コンセプトアーティストのKonstantin “Zoonoid” Maystrenkoは語ります。

「コンセプトが悪夢の淑女に決まったので、開発チームとしては灰色と黒をたくさん使った暗めのトーンを目指すことになりました。でも黒は競技的なゲームでは扱いづらい色です。マップの色と並べた時にコントラストや視認性を出しにくいんですよね」

またMaystrenkoはカラーパレットだけでなく衣装にも頭を悩ませました。モダンで独自のスタイルを持つ服装を実現したかったためです。最終的に彼がたどり着いたのは都会的なイメージでした。昨今のメディアで取り上げられるファンタジー(幻想の世界)は精霊、エルフ、ドラゴンなどが登場することが多い一方、強力な能力を身に宿した都会育ちの人物が出てくるケースはあまり多くありません。

そこで彼は自問していきました。そんな人物の仕草・言動とは?見た目は?悪夢の力を使う時はどんなふうだろう?と。

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人物としての魅力とエッジィさの適正なバランスを模索する過程(アート:Maystrenko)

一方、MaystrenkoとClementsが悪夢の化身というテーマを突き詰めていくのと並行して、Smithはテーマをゲームプレイに組み込む作業に着手していきます。

「テーマが確定してからは、アビリティーにどうやって恐怖と不安を組み込んでいくか考えていました」Smithは回想します。「フェイドのアビリティーは局所的・近距離向けですが、アルティメット「ナイトフォール」だけは範囲が広くなっています。特定の対象を標的とする感覚ではなく、ブリーチのような、イニシエーターの標準的アルティメットですね。こちらのほうがゲームプレイ上の活用幅がずっと広がります。効果はトレイルを付与して聴覚を奪うというものです」

サウンドもまた、VALORANTでは非常に重要な要素です。敵の移動、ラッシュ、リロードなども音で判別できるので、音のおかげでデスを回避したり、勝利を決めたりすることもあるでしょう。その聴覚を奪われるというのは大きな戦術的不利であり、フェイドにとっては恐怖をさらに煽る絶好の機会となり得ます。

「本作にはたくさんのアルティメットがありますが、当たれば当然音がするのでこれはラッシュが来るな、と分かります。でもそこで聴覚を奪われたら…何も分からん!ってなりますよね」Smithは続けます。「おまけにトレイルのせいで居場所が割れていたら、不安も凄まじい。この恐怖がミスを誘うわけです。これは彼女の特徴的な要素だと思います」

糧を必要としない者はいない

「VALORANTには、愚直なほど国際的であることにこだわるという目標があります。世界には興味深く魅力的な人で溢れている。あらゆる国/地域は、創造的アイデア/物語/インスピレーションの宝庫なんです」Goscickiは語ります。「トルコには多くの…本当に多くのVALORANTプレイヤーがいます。私たちは本プロジェクトを"偵察に強いエージェント"を作る機会だと考えたわけですが、同時にトルコのプレイヤーが自分を重ねられるキャラクターにするチャンスでもあると考えたんです」

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フェイドの虹彩異色症(いわゆるオッドアイ)はトルコを代表する猫種、アンゴラキャットに着想を得ています

またフェイドには、一目見ただけでトルコ出身だと分かる要素がいくつかあります。「nazar boncuğu」は地中海周辺で広く使われている記号で、邪視の災い(邪悪なまなざしがもたらす呪い)をはねのけるお守りとして知られています。このデザインはフェイドのペンダント、服、指輪など全身にあしらわれています。

しかし開発チームには当初、トルコ文化についてひとつ把握していない事柄がありました。

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フェイド(一人称視点)の初期模索案

トルコ文化において、ヘナ(天然染料、ヘナタトゥーなどに使われる)は「犠牲」の表明に使われています。配偶者の家族に入るために、独身としての人生を犠牲にする(捧げる)。軍隊に入るために私生活を犠牲にする。動物が自らの命を犠牲にして糧となる、といった具合です。もちろんフェイドも、犠牲と無縁ではいられません。他者の暗い恐怖や不安に触れて悪夢の力を行使している彼女が犠牲にするのは、自らの正気や平穏です。

「タトゥーのあるエージェントは多数います。プレイヤー間ではそれほどネタにされていませんが、コンセプトアーティストの間ではかなりよく話題に上るんです(笑)」Maystrenkoは語ります。「VALORANTは一人称視点のゲームなので、プレイヤーにキャラクターの個性を伝えるにはクリエイティブな手段が必要です。タトゥーやマークだとそれを綺麗に表現できるんですよね。現代トルコでヘナタトゥーが一般的だと知ったら、取り入れたくなるのは当然の流れでした」

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「フェイドの出身地がトルコというのは本当にぴったりでした。色んな要素が固まってくると、トルコ文化と相性の良い部分がたくさん見えてきたんです」Clementsは振り返ります。「開発中にトルコオフィスのライアターと緊密に連携していく中で、"夢"はトルコの文化やおまじないに深く強く結びついていることを教えてもらいました。夢合わせ・夢見はトルコの伝統文化だということで、悪夢を操る賞金稼ぎ…フェイドにはぴったりだったんです」

もちろんトルコの人がみんなヘナタトゥーを入れているエッジィなゴス姐さんで、イスタンブールの闇社会で悪夢の力を操って「狩り」に勤しんでいるわけではありません。イカれたネコレディーである可能性だってあります。

「イスタンブールといえばネコの都ですが、ネコ文化はトルコだけじゃなく世界共通です。ネコはみんな大好きですからね!」Maystrenkoは語ります。「彼女の生活が見えるような要素をビジュアルに足そうと思ったんですが、同時にパッと見ただけで"ネコのエージェント"に見えないようにも気をつけました」

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「フェイドが大好きな動物をちょっとだけ表現するようにしたかったんです」Maystrenkoは続けます。「彼女の悪夢には現実世界では危険じゃないものも登場します。そして悪夢の世界では、どんなものでも命を狙うものになりうる。フェイドをデザインする時は、そこをある種抽象的に表現しようと試みました。一見すると地獄の生き物に見えるかもしれませんが、実際には2頭のネコなんですよ」

こういった要素は美しいVFX(ビジュアルエフェクト)として仕上がっています。

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「アルティメットのVFXは色々と悩みました。彼女本人とその出自を一番うまく表現できるアートスタイルはなんだろう、って。最初はヘナタトゥーの模様を試したんですが、どうにもしっくりこなかった。とても古めかしいスタイルなので壁紙みたいな印象になってしまったんです」VFXアーティストのGuillermo “Giggy” la O’は回想します。「エフェクトには"ナザール"(目の模様)がたくさん使われているんですが、その中にはフェイド自身の目もあります。もちろんプラウラーのネコも。そういった要素を活かしつつヘナタトゥーの模様で繋げて流れを生み出し、コテコテな印象を薄めてソフトにしていったんです」

それでもネコ成分が足りないという方には…ブーツの底には例の肉球模様があります。

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こうしてフェイドの「悪夢系ゴススタイル」は出来上がりました。しぶとく俊敏な悪霊っぽさ。ただ、恐ろしく強力な能力を操る賞金稼ぎとなればその心も邪悪であると想像したくなるところですが、果たしてフェイドは本当にそんな人物でしょうか?

「フェイドを見た人に、彼女は悪者?とよく聞かれるんですが、その質問は個人的に深く刺さるんですよね」Goscickiは説明します。「僕はメタルシーンにどっぷり浸かって生きてきたので、見た目のせいでぶっきらぼうで貧相で敵意むき出しの嫌なヤツらみたいに扱われる経験は数多くしてきました。でもシーンの内側から見ると、みんな不器用だけど楽しいことが好きなヤツらだって分かるんですよ。ただ社会通念上の"普通"とは違うかたちで自己表現をしているだけなんです」

Goscickiは続けます。「フェイドは第一印象と実際の人柄は全然違うことを示す絶好の例だと思います。だからプレイヤーの皆さんが彼女の別の側面にも目を向けてくれたらなと願っています」

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